22世紀からのメール(U)
佐々木隆雄(昭47年卒)
7.LEAVE FOR 3000
20世紀末,環境問題に対する危機感の高まる折,地球温暖化防止に関する京都会議が開催され,各国のCO2排出削減目標が設定された。ところが21世紀になってこの目標値に従わないという国が出てきたり,その後も環境問題に関する各国による国際会議は目標の設定を巡って,いつもつまずいてきた。これはエネルギーや環境の問題を考えるとき,現在生きている私達と遠い将来の子孫のための利益について,どのようにウェイトを配分して考えればいいのかわからないということがネックになっていたからなんだ。言い換えれば,いったい何年後の人達のことまで考えて目標を立てればいいのか,この目標設定が最大の難関だった。
それで京都会議から100年後に開かれた学生会議のほうは,この点にもっとも力を入れて意見が戦わされた。「人類400万年の歴史の過程で,地球滅亡の危機が襲ったことは一度もなかった。幾たびも戦争が繰り返されたが,将来の人達の生存権まで脅かそうと考えたリーダーは一人もいなかった」。「資源やエネルギーをみても,過去の人達はほとんど手つかずで私達に残してくれた。おかげで私達は,なみなみと豊かな生活をおくってきた。しかし有史以来受け継がれてきた豊かな資源を,ここ200〜300年間に生きている私達だけが,湯水のように使い尽していいはずはない」。議論は続いた。学生たちはそれぞれ自分たちの国で最も解決の急がれる問題を持ちよることにした。次の4点にほとんどの国の課題が集約できた。
@食糧と水の問題,A環境問題(地球温暖化による海面上昇,ゴミ問題,異常気象問題,酸性雨問題),Bエネルギーおよび資源問題,C人の心の問題
それぞれの問題毎に議論を進めようとしたが,どうしても意見がかみ合わない。ある国は食糧問題の解決には,食糧の豊富な国から不足している国へ輸出すればいいという。輸出する余裕のあるあいだはそれでいい。ところが天候不順で世界的に凶作になったときや,人口が増えすぎて食糧の絶対量が足らなくなったらどうするのか? そこで学生たちはこうした問題を検証するには,考える断面を明確にしておく必要があると考えた。議論は世界に公開生中継された。一つの案が日本の学生から出された。彼は日本古来の木造建築に強い関心を持つ学生だった。
「私達は,ただ単に今の時代に存在しているのではありません。歴史の積み重ねの上に生きているのです。先達の知恵と苦労が私たちの発展の基礎を築いてきたのです。だとすれば私達も将来の子孫のために残すべきものがあるはずです。私は木造建築の歴史を勉強しています。木は一見,短命に見えますが,実は地球上で一番寿命の長い生き物です。千年間は自身のために生き,伐採された後の千年間をさらに人のために,彼らは捧げます。
木の生命力を畏敬していた古都の宮大工たちは,たとえ自分たちの生命が失われても,手にかけた建築物が永遠に残るよう精魂込めて普請しました。だから法隆寺金堂のように幾多の地震や戦乱に耐え,ミレニアムを生き抜いてきた木造建築物はいくつも残っています。木を地球とすれば私たち一人一人が宮大工になるべきです。木が私達のためにその命を捧げてくれる期間,少なくとも1000年先までを見通して照準を定め,西暦3000年代の子孫のために,この豊かな地球を維持する目標を立てるべきだと私は思います。
『LEAVE FOR 3000』,是非これを私達の目標としようではありませんか」。
彼は木の壮絶な生きざまと,いにしえの宮大工たちの心意気に習いたいと提案したんだ。 するとスウェーデン,ノルウェー等の北欧諸国が真っ先に賛成した。北欧の国々は古くから木に親しみ,木の文化を大事にしてきた国なんだ。もちろん他の国から1000年というのは長すぎるという意見も出た。しかし,大量消費の時代はすでに今世紀初めに終焉し,物から心へ,ボリュームからクォリティへ,ウォーからコミュニケーションへと流れが変わっている。こうした時代にはぐくまれた学生たちは,すんなりこの目標を受け入れることができた。
こうして「LEAVE FOR 3000」,すなわち「西暦3000年代の人々が生きていけるよう,環境,資源,エネルギー,食糧を確保する道を追求しよう」が世界学生会議の結論になったんだ。この結果は世界にウェーブを巻き起した。これまでどうしても一本化できなかったのに,次代をになう学生達が公開討論で決着をつけたものだから,この目標はあっというまに世界の国々のコンセンサスを得ることとなった。
8.環境とエネルギーの現状
「LEAVE FOR 3000」の目標をすぐに実行しなければならないのが,環境とエネルギー問題だ。現在世界の人口は,一世紀前の60億人から100億人以上へと増加している。このためエネルギーの使用量も,省エネが進んだとはいえ5割以上増えている。
環境問題を象徴する地球温暖化については,CO2の排出抑制に世界中が結束して取り組んでいるが,地球の平均気温はこの1世紀で3度上がり,海面も50cm上昇した。このため南太平洋の小さな国々の土地が水没を始め,環境難民が出現している。天候不順や砂漠化などの影響で,食糧不足の影響が深刻になっている国もあり,広範囲な食糧危機到来の懸念が高まっている。
エネルギー資源も,石油はほとんどなくなり,今ではごく限られた量がプラスチックをはじめとする石油化学製品の製造のみに使われている。天然ガスも石油からの需要シフトにより需給がひっ迫しており,燃料としての使用が制限されようとしている。石炭は多少余裕があるが,22世紀には天然ガスの動向によりその使用量の急増が懸念されることと,CO2の排出抑制のため,これも燃料としての使用を制限する方向で近々国際協議が始まる予定だ。
前世紀,循環型社会の形成のため「物を使い捨てる」ということをなくしたが,今世紀は「燃焼」という言葉がなくなるだろう。というより3000年代の地球を展望するとき「廃棄」と「燃焼」の両方を追放しなければ,逆に地球が消滅してしまうかもしれない。なぜなら燃焼はCO2の発生を伴うとともに,物づくりの原料として欠くことのできない石油,石炭,天然ガスなど化石燃料資源の命運が確実に尽きていくことにつながるからだ。
今では世界の電力の半分以上が化石燃料を消費せず,CO2を排出しない原子力発電所から供給され,残りが急速に縮小されつつある火力発電それに水力,風力,太陽光などの自然エネルギーから供給されている。
しかし原子力主体といっても,実は燃料100年ほど前からプルサーマル方式といって,ウラン燃料の再利用が行われるようになったので,なんとかウラン資源も延命しているが,そうはいっても今世紀前半には底をつくことになる。
そこで今,核融合炉の実用化に世界の人達の関心が集中している。これは20世紀から資源小国日本がEUなどとともに,力を入れてきたものだ。海水に含まれる重水素の核融合反応からエネルギーを取り出そうというもので,原理は太陽など多くの恒星で起っている現象と同様のものだ。一時に発生するエネルギーが大きすぎてそのコントロールが難しく,実用化研究は20世紀半ばから始まり,足かけ3世紀という難事業となっている。だが,「LEAVE FOR 3000」の合言葉で,世界中の技術者達の支援もあり,実現まであと一歩のところまで来た。開発の先頭に立ってきたのは,欧米諸国よりさらにエネルギー資源のひっ迫している日本であり,今ようやくその努力が実を結ぼうとしている。核融合炉が実用化されると,重水素は海水からほとんど無尽蔵に得られるので,「LEAVE FOR 3000」の目標のうち,エネルギーについては道すじをつけられることになる。同時に発電所にとっては,CO2を排出しない強力な援軍が加わることになり,地球温暖化問題の解決に向け大きく前進することができる。
これも軽水炉→プルサーマル→(高速増殖炉)→核融合炉と続いた,原子力発電の気の遠くなるような長い道程をしっかりと見据え,地道に研究開発を続けてきた,日本を始めとする世界中の技術者達の努力のたまものだ。
9.未来へのかけ橋
次のミレニアムにつなげてゆくには,まだまだ大きな課題がたくさん残っている。中国電力グループは,世界から見れば小さな小さな存在だが,私達は世界中の国々のベクトルを一本に重ね合わせることに少しでも貢献できるよう,これからも努力を続けてゆくつもりだ。このことがたくさんの人達の連携を深めて多くの問題を解決し,1000年後の未来へのかけ橋になると信じている。
|