北米大停電とエジソン賞
松浦昌則(昭53年卒)
今年の夏は、首都圏の電力需給が逼迫し、状況によっては強制停電も有り得ると警鐘が鳴らされてきた。幸い異常気象とも言える冷夏によって冷房需要が伸びず、節電PR効果と相まって無事この夏を乗り切ることが出来た。この日本の異常冷夏に反して欧州では記録的な猛暑が襲い、イタリアでは6月末に輪番停電を余儀なくされ、フランスでは多くの死者を出すほどであった。何かおかしな年だと感じていたところ、8月のお盆時期には北米東部で大停電とのニュースが飛び込んできた。ニューヨーク市が長時間にわたり停電したことで、日本でも大々的にTV・新聞等で取り上げられ、事故原因分析などが報じられている。オハイオ州の一電力会社での発電所故障が発端となって次々と異常現象が拡大していき、最終的に東京電力の最大電力に匹敵する6180万kWもの規模の大停電となった。米国とカナダ両政府による調査委員会が設置されて原因究明と対策検討が行われているが、結論を出すまでにはまだまだ時間が掛かるようである。
話は変わるが、米国には日本の電気事業連合会に相当する組織としてエジソン電気協会(EEI)がある。米国の民営電力会社約80社を正会員とし、海外の民営電力会社約50社も海外会員として加え、諸活動を行っている。そのEEIが、電力業界全体の発展に資する、卓越したリーダーシップ・技術革新・貢献等に対して「エジソン賞」を贈りその栄誉を讃えている。過去40年以上の歴史を有し、顧客サービス・財務運用・環境分野・技術開発・企業再編行動など電力会社の企業活動全般を対象としたもので、EEIの贈る諸賞の中で最も権威の高いものとされている。このエジソン賞に今年、私が勤務する中部電力の「オンライン系統安定化装置(TSC)」が選ばれ、6月のEEI年次総会で表彰を受けた。
オンラインTSCは、時々刻々の電力系統の諸データを取り込み、3〜5分毎に詳細安定度計算を実行し、各断面ごとに事故が発生した場合に必要とされる安定化制御を決定して指令を出すもので、電力系統の状況変化に迅速に対応して最適な系統安定化制御を行うシステムである。日本の電力系統は「放射状系統」が主流であるが、50万V系統や超高圧系統の一部では「ループ系統」が採用されている。ループ系統では時々刻々の系統状況を予測するのは難しく、事前設定で系統安定化対策を講じる場合、かなり安定サイドの過剰制御とならざるを得ない。このため、安定度が過酷な系統では、発送変電設備の能力を十分に活用することが出来ず、経済性が犠牲となることが多い。オンラインTSCでは、時々刻々の系統状態に応じた安定化対策を講じるため、こうした問題を解消し設備の能力を限度一杯まで活用することが出来る。また、系統運用者の負担も大幅に軽減することが出来、リスク対応として優れたシステムであると自負している。
米国の電力系統は、網の目状に何重ものループが出来た「メッシュ系統」となっており、少々の故障では停電しないものの、設備の裕度が少ない場合には連鎖的に故障が拡大していく危険性を秘めている。電力自由化が始まって十年余を経た米国では、発電設備の増設に比べて送電設備の拡充が進まず、送電設備裕度が非常に少なくなっている状態にある。米国の電力各社はその危険性を強く認識しており、非常にタイトとなった電力系統の運用を如何にうまく行うかが、喫緊の課題となっている。過去のEEIエジソン賞受賞社を見ると、経営多角化、設備の標準化、環境対策による貢献が主に評価されてきているのに対して今年、系統運用マターであるオンラインTSCがエジソン賞受賞となったのは、こうした米国電力関係者の課題認識の現れであると思われる。既設設備の能力を十分に発揮させた上で安定供給を維持できる本システムのコンセプトが、米国でも高く評価されたものである。このようなシステムが北米の電力系統にあれば、今回のような大規模停電は防止できたと思われるが、北米系統はいくつもの州に跨る、系統規模の非常に大きなメッシュ系統であることから、その安定化システムも非常に大規模かつ複雑となるため、開発・実運用には多額の費用と長い期間を要すると思われる。既に国防予算を活用した研究が始められているとも聞いており、一刻も早い実現が期待される。
日本の電力系統は、前述の通り放射状もしくはループ系統を基本としており、各電力会社間は1点もしくは2点での交流連系とし各会社単位での系統維持を図っているため、米国のような現象は発生しないが、現在進行中の自由化制度設計によっては、今後同様の状況にならないとは限らない。米国など自由化先進国の状況を他山の石として、日本にとって最適な制度およびシステムが導入されることを期待したい。
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