教育と研究の回想
洛友会会報 205号


教育と研究の回想

奥村浩士(昭41年卒)

 私は今年3月31日をもって定年退官いたしました。学生時代を含めますと40年以上も電気系教室にお世話になり、その間先輩の先生方や会員の皆様にはご指導とご鞭撻を賜り、心から感謝いたしております。大学院博士課程退学後の昭和46年4月、好運にも電気工学第二教室の助手として採用されました。私はいわゆるラジオ少年でありましたが、机上でできるものよりも机上でできない大きなことに関心が移り、送電に大変な興味と魅力を感じ、電力系統構成学講座を担当されておられた若い木嶋教授の研究室の卒研生になりました。先生とのこの出会が今日の私を作ったと言っても過言ではありません。今なお仰ぎ見る木嶋先生に25年間ご指導いただき、学問のおもしろさを教えていただきました。そして、先生のご退官後、引き続き先生の講座を担当させていただいたことに対し、当時の先生方に深く感謝申し上げる次第です。ここで、思い出すまま簡単に足跡を振り返ってみます。
1.教育のこと
 学部学生には「電気回路基礎論」(旧「電気回路I」)、電気回路(旧「電気回路II」)、大学院では「電気回路特論」、このほか,「基礎電気工学」では「ベクトル解析」を講義しました。これらの講義については「京大電気系の卒業生はさすがによく分かっている」という評価をいただくようにとの願いから、分かりやすく講義してきたつもりです。この思いがどの程度学生諸君に通じたかは知れませんが、ひとつ幸福を感じたことがあります。最終回の「ベクトル解析」の講義を終えると学生が拍手をしてくれたことです。そして、2、3人の学生が教卓にきて「ベクトル解析がよく分かりました。ありがとうございました」とお礼を言ってくれたことです。 また,交流理論でd/dtをjωと置けば、なぜうまく交流回路の計算がスムーズにできるのかがもうひとつ分からないという声をよく耳にしました。「電気回路基礎論」ではこれに応えるような講義をし、新しいタイプの「電気回路理論入門」を著しました。「学生実験」では同期発電機に負荷をつなげば、端子電圧は通常下がると思われていますが、コンデンサ負荷を設置し端子電圧が上昇する実験を組み込んだことなどが思い出されます。
2.研究のこと
 昭和46年教授の担任が電力系統構成学講座から電気回路網学講座へ代り、私も講座を移りました。そのため,研究テーマも送電関係から電気回路網学という基礎の方面へと徐々に変更していくことになりました。ここで、これまで行ってきた研究を大まかに表しますと図のようになります。研究内容は非線形回路、分布定数系および回路設計の研究に分かれます。図の四角の枠は研究テーマです。アンダーラインを付してある語句はそれに用いた数学あるいは数値計算技術で、矢印はそれとテーマとの関連を表しています。この3つの中から、すこし述べさせていただきます。
(a)非線形回路の研究
 大学院では大変興味ある送電系統の非線形振動の研究を行いました。最初にお薦めいただいた論文は後藤以紀著「送電系統の電気的不安定現象」(電気学会雑誌、昭和6年)およびそれに関連する論文で、昭和2年に起こった猪苗代送電線での異常現象の解析について書かれていました。そのなかで、波形について、腑に落ちない点が1ついつまでも心に残っておりました。それは、高調波を含む正弦波状の振動の位相が突然逆転することを繰り返すということでした。この原因についてはどこにも書いてなく、昭和42年以来ずっと何故こんな波形が現れるのか疑問を持ち続けておりましたが、つい最近になって変圧器の励磁特性を多項式からエクスポネンシャル関数で近似することにより、損失のないキャパシタと非線形インダクタの三相回路は3粒子系の戸田格子の方程式系で記述されることが明らかになりました.この系は可積分系で厳密解が存在し、クノイダル波という特殊な波が生成され、この自励振動に外力が重畳した波が猪苗代送電線で観測された波形であることが分かりました。ホモトピー法でその存在を明らかにし、室内実験でも観察できました。平成13年4月のことです.戸田格子の発見は昭和35年以降ですから、猪苗代送電線は時代を先取りしてクノイダル波が発生していたのです。まさに、温故知心とはこのことでしょうか。 
(b)分布定数回路系の研究
 送電鉄塔のサージインピーダンスを電磁界理論によって計算する研究を契機に、サージインピーダンス測定に及ぼす計測線の影響や格子状に配置された部材を流れる電流進行波がもたらす電磁界によるサージインピーダンスの厳密計算の研究をやりました。この研究は超集積回路で問題となる伝送線路の相互誘導現象(クロストーク)を積分方程式や数値ラプラス変換を用いて厳密に取り扱う手法の研究へと発展させ、現在でもCOEのバックアップで実験が進行しています。FFT型の数値逆ラプラス変換は従来所望の時間区間の後半部で誤差が大きくなるため、使い物にならないと思われていましたが、前処理と後処理を工夫することにより、極めて高精度に所望の時間区間で計算が可能となりました。これにより数値ラプラス変換は順逆変換ともペアとして実現でき、非線形終端の伝送線路が容易に解析できるようになっています。
(c)回路設計―アルゴリズムのハード化
 回路設計の研究では当初は随伴回路を使ったアナログ回路の最適設計法などを研究しておりましたが、近年の書き換え可能なゲートアレイの出現によって、ソフト感覚で回路設計ができるようになり、これまでの数値計算アルゴリズムをハード化することを計画し実施してきました。ウェーブレット変換と相関関数の計算のハード化による伝送線路の故障点評定装置の提案、非線形方程式の全解探索アルゴリズムのハード化など10年以前では考えられないことが実現できるようになりました。この技術を使って先述の FFT型順逆ラプラス変換のプロセッサを構成し、特許出願を関西TLOから行っています。一方で、「コンピュータの計算結果は本当に正しいのか」との疑問から研究室からは精度保証計算アルゴリズムを提案し、そのハード化などを実現してきました。
 私は「研究の見通しがつくまでは自らがやり、見通しをつけたらそのテーマは後輩に譲るあるいは後輩のために残しておき、自らは新しいところに進む」という方針で研究を進めてきました。このような方針の下では時代を意識し常に新しい問題の発見に勤める努力と勉強が怠れませんので、必然的にテーマ数は増えていきました。
3.体育会や桂キャンパスの駐車場ことなど
 学生時代から柔道部員として課外活動に従事していましたので、柔道部長をつとめ、退官する年までの3年間体育会会長として学生の体育活動を支援してきました。京都大学は48の体育会所属の部が存在し、教授43名助教授5名が部長となり学生のスポーツ活動を支援しています。七大学のなかで、京大はスポーツの盛んな大学で全学部生の三分の一強が体育会の会員になり、OB会も非常に熱心です。これに反し、その施設や設備は極めて貧弱で老朽化が目立ちます。柔道場では畳が波打ち、練習や試合中に足首が捻挫します。艇庫の老朽化対策、プールの温水化、ラグビー場の整備など多くの難題が山積しています。部長会ではこれらの問題を審議し、長尾総長はじめ、副学長、事務局長に懇願し、独立行政法人化後の中期目標・計画の中に学生支援の一環として、施設・設備の整備を盛り込んでいただきました。これから、その計画がどのように実行されていくのか見守っていきたいと思っております。
 最後の4年間に、専攻長をほぼ2年連続、つづいて学科長を1年間務め、それに桂キャパスの電気系WG委員長を移転完了まで務めておりましたので、目の回る忙しさを体験しました。移転の昨年、今度は桂キャンパス交通委員長の仕事が降ってきました。「国有地を駐車場にして収益を上げてはいけない」というルールが厳然とあり、一方で駐車は有料制に決まっておりましたから、この問題をどう解決するかに頭を悩ませやっと規程のたたき台を作成し、次期委員長に引き継いだのが退官の2週間前でした。その後、居室を元どおりにし、3月31日広島へ移動しました。4月1日からは広島工業大学総長の高木俊宜名誉教授のお世話で。同大学に勤務し今までと同じように教育・研究に従事しています。
 文末になりますが、退官までご支援ご協力をいただいた研究室の皆様、また大学院生・学部学生の皆様方に厚く御礼申し上げます。

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