今世紀のエネルギーについて(W)最終回
前川 則夫(昭36年卒)
1.(はじめに)
@これまで3回に分けて地球温暖化問題、エネルギーの安定確保や効率的な利用の現状、アジアを中心に爆発的に増加するエネルギー問題などについて様々な観点から解説してきた。
Aその中で筆者が指摘しておきたいのは化石燃料を将来世代と共有し、末永く利用しなければという倫理意識の希薄さ、将来の環境破壊による損失より現在世代の利益を優先し化石燃料が安価であれば利用するという人間の本性、を踏まえた対策が望まれるというポイントである。
B従って、地球温暖化対策の為には化石燃料の節約や効率的利用だけ呼びかけるのでは不十分であり、地球市民が使うエネルギーの多くを原子力と再生エネルギーにシフトすることが不可避である。今回はこれらの観点から解説し最終回としたい。
2.(今世紀のエネルギー問題の難しさ)
@世界のエネルギー使用量の増勢は勢いを増すばかりである。現在、先進国の人口は現在約10億人であるが、中国、インド、ロシア、ブラジル等の国々が追いかけ、世紀末までに30〜40億人が先進国の仲間入りをめざしてくるであろう。IEAの見通しでも2030年には世界のエネルギー使用量は現在の1.7倍、京都宣言の1.9倍になると想定している。
A世界の100年前のエネルギー消費と現在を比べると10倍以上の91億トン(石油換算・2000年)に達している。発展途上の多くの国々が先進国の仲間入りをしている100年後のエネルギー消費量は莫大なものになるであろう。
Bエネルギーの安定確保は最重要課題である。石油は埋蔵量も偏在し、アラブという地政学的に不安定な地域にすべてを依存しているといっても過言ではない。また、化石燃料全般についても急増する世界需要の中でどのように確保して行くかという難問を抱え、国産エネルギー比率を高めることが喫緊の課題となっている。
Cまた、地球の温暖化が進行している実体を真摯に直視すれば、化石燃料の使用を現状レベル以下に極力抑えるべきと意見に対して反論はないはずである。しかしながら、一般にエネルギーの使用量は生活水準に比例して増加する。それ故、化石燃料の使用を前述の水準に抑えれば、先進国の人々も耐乏生活に追い込まれる。豊かさを享受している人々、現在は貧しいが先進国の仲間入りをめざしている人々、のいずれも、この政策を受け入れるとは到底思えない。ここにエネルギー問題の難しさがある。
Dこの問題解決のキーは、節約と効率化を前提としつつ、増加するエネルギーの全量、あるいはそれ以上を原子力と再生エネルギーで賄い、豊かさを求める人々の期待に応えつつ、地球市民の同意を得ることではなかろうか。
3.(巨大なエネルギー需要の事例)
そこで如何にアジアのエネルギーの伸びが急速かつ巨大であるかの事例として中国の電力需要を取り上げ説明しておきたい。
@中国では既に02年上半期には電力の不足が顕在化し、以降、四川、重慶、河南、湖北等停電の頻発への対応に追われている。中国の電力需要の伸びは00年から約10%と高い水準であり、需要が計画を大きく上回った。04年の中国の電力需要は約2000億kwh増の2兆910億kwh(日本の00年度の発電電力量は1兆915億kwh)に達する見込み。現在送電網の強化、発電設備の増強を進めているが05年も電力不足は避けられない見通し。
A中国では20年まで毎年2500万kwの新規発電所を建設していく計画だという。1970年代の我が国の電源ブームを思い出す。中国の電源設備は現在3億8000万kw、我が国の1.5倍。これが16年後には9億、EUの3倍、アメリカの規模に匹敵する。人口13億の中国民が現在の欧米並みの生活を享受するとすれば15億kwを超えるとてつもない数字。
B中国ではこの一環として20年までに28基の原子力発電の新設が計画されている。現在稼働中の原子力発電所は9基、建設中3基を含めて総出力880万kwであるが、20年までの16年間で原子力発電所の設備容量を3600万kw〜4000万kwに増やす見通し。
Cエネルギー需要の伸びは、自動車、民生・産業部門でも同時に進行している。この動きは単に中国にとどまらず、インド、ブラジルなどの途上国に急拡大している。
4.(何がクリーンなエネルギー源)
@炭酸ガス放出の観点からクリーンなエネルギーは何かについてそれぞれの立場の人が様々な発言している。例えば、天然ガスはクリーンだと言う。少し考えてみたい。
A各種電源当たりのCO?排出量を比較して見る。石炭火力の場合を1とすると石油火力は0.76、LNG火力は0.62、太陽光0.054、原子力0.022となる。石炭と天然ガスを比べるとCO?の排出量は天然ガスの場合3割程度減る。確かに石炭と比較すればクリーンであるが、温暖化抑止の観点では原子力や太陽光とは比べものにならない。
5.(原子力の重要性)
@現在世界で稼働中の原子炉の設備容量は3億6千6百万kw(01年)で1年間に石油換算6億7千万トンのエネルギーを生産し、二酸化炭素の発生量を約20億トン減らしている。
A現在日本で稼働中の原子力発電の設備容量は4千500万kw(03年・51基)で年間石油換算7千万トンのエネルギーを生産している。我が国のエネルギー自給率は6%という極めて低い水準。これを化石燃料から非化石燃料へシフトしながら自給率を50%程度まで高めることが将来のエネルギー不安や地球環境を考慮すると不可欠である。準国産エネルギーである原子力で全エネルギーの4分の1を分担するとすれば現在の13%程度から、今後、原子力の設備容量を3千万kw程度増やし、稼働率をあげれば原子力の比率を25%に高めることは十分可能と思われる。
6.(再生エネルギー)
@日本の総エネルギーの25%を原子力以外の非化石燃料である自然エネルギーが担う為には、水力等(6%)だけでなく、太陽光、風力等への設備投資の拡大が必要である。
A太陽光発電の限界潜在供給力(環境技術開発部会太陽エネルギー分科会の中間報告、97年)では、一戸建住宅2600万戸に100%、その外に公共建物、業務用ビル、遊休地(道路・河川、空港等)に太陽光システムを設置したケースについて試算している。これらの場所に約2億kwの設備(夜・昼・雨などを考慮した場合の稼働率12%)を設置した時の年間発電電力量を約2千億kwhと見積もっている。
B薄い太陽光エネルギーを集めるには前述の投資でようやく日本で年間消費する総エネルギーの13%(100万kw級原子力発電所30基)を賄えるに過ぎない。太陽光発電の場合は、原子力発電所の建設コストの少なく見積もっても2倍以上と言われており、また、夜・昼、曇り・雨・晴れなどで左右される気ままな電源であり、電気は貯えられない為バックアップ電源を必要とする。それでも太陽光に一定の役割を期待する時代を迎えている。
C日本の風力の限界潜在供給力は、年間約89億kwhとの試算もあり、日本の場合、補完エネルギーの域を出ず主力エネルギーにはなり得ないと言われている。
7.(米国における原子力への回帰の動き)
@ブッシュ政権は10年頃までに6基(130万kw級など)の原子力発電所を新規に建設する計画を具体化しつつある。また、使用済み燃料の最終保管場所をネバダ州ヤッカ・マウンテン地区とする決定を下している。
A03年、MIT研究者グループは「原子力発電の将来」と題す報告書を公開。レポートの最大の関心事は地球温暖化問題である。今後、半世紀の米国と世界の炭酸ガスの放出量を推定し、温暖化緩和策として石炭火力から原子力発電への移行を強く提言している。米国では石炭火力発電の割合が52%を占めているという背景がある。MITグループでは想定した経済成長シナリオに基づき50年までに必要とする世界の原子力発電の基数を100万kw級で1000基から1500基としている。現在世界で運転中の原子力発電所は430基である。温暖化に本当に備えるならこれくらいの取り組みが求められる。
8.(文明の持続とエネルギー資源)
@現在のウランの確認埋蔵量は約450万トンである。これを高速増殖炉でプルトニウムに転換して効率的に利用すれば、資源量は約50倍に拡大し、2000年の世界のエネルギー総使用量、石油換算約91億トンの数百年分のエネルギー供給が可能であり、未確認分を含めれば千年を超えるであろう。核不拡散、廃棄についての国際的合意という難しい問題を抱えているが、それを乗り越えなければならない時期を迎えている。さらに、熱核融合炉が実用化されれば超長期のエネルギー供給が可能で夢のエネルギーの誕生となる。
A現代のように化石燃料を禿げ鷹のように食い散らせば、近い将来、資源の枯渇問題に直面するだけでなく、地球環境を破壊し文明の持続が困難になる。化石燃料の節約と効率的利用に心がけ、原子力と自然エネルギーで支える社会に構造転換を急ぐ必要があり、それ以外に、文明を持続させる方法を人類は持ち合わせていない。現代社会はこの貴重なウラン資源、即ち使用済み核燃料を廃棄物として扱い、教育している。残念なことである。
9.(再度温暖化リスクを考える)
@今日のように化石燃料を湯水のように使い続ければ、今世紀末には、インド洋のモルディブや南太平洋のフィジーなどは水没の危機が、また、北極点の真夏には氷が消える等の現象が現実のものとなる。また、世界の人口の50〜70%が沿岸域に居住している。これら地域では海水位の上昇による水没、雨量の増加による豪雨が引き起こす洪水など大規模災害のリスクはぐっと高まるものと予想される。
A地球上の氷河は海水位を70mも上昇させる潜在力、換言すればリスクを有している。文明史に責任を持つなら小さな内に摘んでおきたいものである。
10.(終わりに)
@安全保障にとって石炭は埋蔵量も多く、生産地も世界に広がっているため、当面、都合の良い資源である。米国は石炭の利用、石炭起源の水素エネルギーを利用すれば将来にわたって自国の中で必要とするエネルギーを自国で確保出来ると考えている。中国も同様で石炭を需要に応じて使い続けるであろう。
A石油・天然ガスは資源の量や偏在などの問題があるが、使い勝手が良いので各国とも入手可能な限り使い続けるであろう。日本もやはり温暖化リスクを意識しながらも、現実には入手可能な化石燃料を利用し続けると思われる。前途多難である。
Bウラン資源は化石燃料を上回るエネルギー資源である。化石燃料の代替をする為には高速増殖炉の開発は避けて通れない。
Cエネルギーの安全保障は現在世代にとって必要不可欠である。一方、現在世代が炭酸ガスを放出し、原因をせっせと積み上げても被害を受けるのは将来世代である。このように安全保障と温暖化問題とは被害を受ける世代が異なる解決が極めて難しい問題である。温暖化問題は被害が顕在化した時には既に遅いが、原因の発生者は痛みを感じないから気楽に先送りする。「未来世代との道徳的共同体づくり」という人類がかって経験したことのない難題への挑戦でもある。
D解決の道としてエネルギーの使用が環境の許容限度に収まるように人類の活動を縮小均衡させる方法も考えられるが、国益や欲望の壁を乗り越えて推進するのは至難であろう。豊かさを支えるエネルギー政策に基軸を置かなければ地球市民の合意形成は難しいであろう。世界経済がエネルギー問題で天井を抑えられ、紛争の火種にならないようにする為には「原子力」と薄くて集めるのが困難ながらも尽きることのない「太陽エネルギー」をもっともっと大切にしていかなければならない。
世界のトップランナーとして日本がこの課題解決を牽引することこそ日本に課せられた役割ではなかろうか。
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