学術研究と大学の国際的評価
岩崎弘三(昭和28年卒)
私は、このところ7年あまり、米国の学会関係の論文を主体に、原稿用紙1枚程度にまとめる抄訳の仕事を、多い年には1500件程度していますが、日本の皆様に知って頂きたい内容が多いので、僭越ながら紙面をお借りすることにしました。また、外紙に国際的に話題になっていますが、国内では取り上げられていない大学の国際比較が掲載されていましたので、ご承知の方もあるかもしれませんが、紹介させて頂きます。
1.日本の論文発表の貧弱さ
(1) 外国の学会関係
米国のIEEEは、英国の伝統あるIEEなどとは全く比較にならないほどに大規模な活動をしていて、海外
地でも会合が開催され、本年(2005年)5月16−20日には韓国のソウルでICC 2005という通信
係の会合を開催し、3000ページ以上にも達する予稿を発表しています。その前年の2004年3月9―11日
の間に香港で、Infocom 2004というコンピュータ関係の会議を開催しています。
米国で出版されるIEEE関連の出版物に発表される論文数は圧倒的に中国人系が多く、続いて韓国人が欧米系の人より目立ち、台湾人、シンガポール人などもかなり発表しています。極く稀に日本人を発見するとホットするのですが、和英辞書から単語を探してきて論文を作成するので、通常の英文を使用していない風変わりな単語を使用し文法上も理解できないような文章のこともあります。
最近のIEEEのJournal on Selected Area in Communicationsの2005年9月号は、今話題の無線アドホック・ネットワークという固定的なインフラストラクチャを持たず、各ノードが中継機能を持つ形態のネットワークを主体に掲載しています。このネットワークは、分かり易い例では、戦争などで軍が進撃する時に先端の軍は大電力で基地局と交信する必要は無く、後属の部隊に弱い電力で通信すれば、次々に中継されて目的地に到達する方式です。大規模なセンサー網にも適していると言われ、将来の電気通信網は固定網とアドホック・ネットワークの組み合わせになると主張している論文もあります。ここに、珍しく横浜国大から論文が1件発表されていましたが、指導教官は、米国に留学した助教授でした。この雑誌の論文数は21件ですが、発表者を分類すると興味ある内容となります。7件の米国からの論文(中国系2人によるのが2件、他は、2人のMIT勤務の中国系、シンガポール人と中国人、インド人とギリシャ人、2人のイタリー人、純粋の米国人が各1件)、3件のカナダからの論文(2件の純粋のカナダ人以外に、カナダ人とロシア人によるのが1件)、3件のイタリーからの論文以外に、1件のヨルダン人、1件のタイ人とミャンマ人の共同研究、1件の中国人・香港出身者・シンガポール人による共同研究、米英中国人のシンガポールからの発表、スイスからの1件など、アジアの開発途上国まで含めて多彩であり、国境を越えての研究も進んでいるようです。
無線部門ほどではありませんが、関心を集めているのにインターネットがあり、サービスの差別化やセキュリティなどが論議されていますが、私の読んだ範囲では日本人の発表がありません。無線やインターネットの最新の研究に日本人が加わらなくてよいのかと疑問を持っています。ただ一つ日本人として嬉しく思うことに、外国人の論文に、「仲上フエージング」がしばしば引用されていることです。
日本からの論文数は極めて少ない中でも阪大からのが目立ちます。通信工学科の存在にもよるのでしょうが、優れた指導教官の存在を感じさせます。数年前に、京大電気からの論文を1件発見したことがありますが、中国からの留学生に成果を世界で第1級の学会に発表させた成果を持たせて帰国させてあげようとの配慮に見えました。
また、論文末に記載される参考文献の数は、英語で生活していると言われる約15億人に属する著者からのが一般的に多く、外国の論文へのアクセスの容易さを示唆していて、諸外国での研究成果の把握の容易さについて、日本人との差を感じます。
Telecommunications Journal of Australiaは、政策論争など独特の内容を多く含んでいます。また、人口の少ないウズベキスタンですら、英文論文誌を発行しています。光伝送、交換機などを取り扱うSPICの会議が、2004年11月9―11日の間。北京で開催され膨大な予稿集が出版されています。先のソウル会議や香港会議といい、これだけの大会議を日本の学会は招聘して運営できる能力を持っているだろうかと危惧しています。
(2)日本の学会誌
日本の電子情報通信学会では、邦文論文誌とは別に英文論文誌も精力的に出版しておられます。しかし、少なくとも半数は、中国、韓国、台湾、シンガポールなどからの投稿であり、アジア近隣国からの投稿のために存在している感もします。2〜3年前の衛星通信特集号では、日本の人口の1/3の韓国からの論文が、日本からのとほぼ同数であり、内容も英文も日本よりも優れていたこともあります。IEEEに比べて、ここに発表される日本人の論文はあまりにもひどいのがあり、編集担当に、せめて外人校正でも受けないと、国際的に権威が保てないと話したこともあります。この英文論文誌がなければ、日本人のもっと多数が、国際的なIEEEなどに発表するのではないかと、考えたりもします。
NTTの研究所のOBは、大学教授として再就職先することも多く、現在約600名に達しているとのことです。後の方で、日本の大学が多過ぎることにも触れますが、日本の大学教授の中には、自分で英文の論文を書いたことがない人もおられ、引いては研究者や学生に国際的な学会の場で、英文論文を発表させようとされないのではないかと危惧しています。海外での研究状況に常に注目していなければ、自己の研究に関する客観的な判断も難しいのではないでしょうか。中国や韓国の積極性を見るにつけて日本の現状、引いてはその積み重ねが将来にもたらす結果について、研究者で無い素人の私は心配しています。(次号に続く)
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