ささやかな交流
中国支部支部長
細田順弘(昭40年卒)
中国地方は日本海側も瀬戸内海側も、岡山を除いては、平地がほとんどない。山から急に海へ落ちている。したがって、坂の町が多い。
広島市は太田川のデルタで平地があるように見えるが、これは明治以降に延々と埋め立てられたものである。だからそういうところは、行政機能や工場、商業施設が主役となる。人口の増加に伴って住宅が必要となってくると、まずは海岸線沿いに、言いかえるとJR沿いに、開発される。その後は山の方に向かい、丘陵を切り開いて大規模な住宅団地が次々と開発された。このような丘陵地の団地のひとつに、私も住んでいる。この団地群の中央に、広島市中心街とアジア競技大会の開会式や競技が行われたビッグアーチ競技場を結ぶ高速交通アストラムラインが開通したのは、競技会が開催される直前の、平成6年8月だった。私はそれ以来ずっとアストラムラインで通勤している。
私は7〜8年前から、朝の通勤時に徒歩を35分とりいれている。自宅から乗車駅までの下り坂を約10分間歩く。このときは、家内も運動のため一緒に歩くのだが、家内は帰りの登り坂を、さらに15分かけて歩いて帰ることになる。一方私は、電車の中で20分の読書時間を楽しみ、その後会社に最も近い駅の二つ手前の駅で降りて、会社までの25分間を歩いている。私はこれで3.5km歩くことになる。歩数に換算してたった4千歩ぐらいだから万歩にはとても及ばないが、やらないよりはましと思って続けている。
私の住んでいる団地は約30年前に開発され、いまぼつぼつと世代交代が始まっている。当時家を建てたのは働き盛りの40歳台の人が多く、それら第一世代の人はいま60歳をだいぶん過ぎてしまっている。従ってその子供達はほとんどが就職し、親元を離れて生活する年代である。
その家を子供があと継ぎするのはまれで、むしろ年を取った第一世代の人が東京や大阪で暮らす子供と同居するために団地を出て行くケースが多い。そのあとにはそれまでの家を壊して新しく家を建て替え、別の30歳代の若い第二世代が入居している。このような世代交代の進行により、最近ようやく、団地の住民に0歳児から80歳までの年齢がフルラインナップしつつある。
この団地は中規模の団地で、600戸ぐらいある。ふだん団地の中のつきあいは町内会の同じ班の人が主で、大体30軒ぐらいである。ところが家内と二人で毎日一定の時間に団地を縦断して歩いていると、いろんな人と行きかい、毎日会ううちに自然と挨拶や会話が交わされるようになる。
「おはよう。」と小学生の女の子に声をかけると、「おはようございます。」と大きな声が返ってきて丁寧に頭を下げる。積極的な子は自分から先に挨拶することもある。「今日はおにいちゃんどうしたの?一緒じゃないの?」とさらに聞くと、「おにいちゃんは忘れ物をして、家へとりに帰ったの。」という具合である。もちろんお互い名前は知らない。男の子の場合は、声をかけても口の中でモグモグと恥ずかしげに返事する子が多い。
最近は、通学時の児童の安全を見守るために、第一世代とおぼしき人がボランティアで通学路の要所に立っており、この人達にも挨拶を交わすこととなる。「毎日ご苦労様です。」
また、「おや、きょうは久しぶりにお目にかかりますね。」と家庭ゴミを出しながら声をかけてくる奥さん。「えゝ、主人がしばらく出張していましたので、今日は久しぶりにふたりで歩くんですよ。」と家内が答える。「でも奥さん、毎日よくがんばって歩いておられますね。」「まあなんとかね。体重が減るとまではいきませんが、歩けるだけでも幸せですよ。」と歩きながらの会話が進行する。私はニコニコして聞いているだけ。別れ際には「気をつけていってらっしゃい。」と送ってくれる。
最近は花作りに精を出している家が多い。「ここのバラはつぎからつぎへと長い間よく咲くなあ。」とか、「花を年中切れ目なく上手に手入れして咲かすなあ。」とか、家内と話しながら歩いていると、それが聞こえたのか、その家の中から「おはようございます。奥さん、帰りに時間があれば寄っていってくださいな。お花のタネもあげますから。」と言われたりする。家内は、帰りにその家へ寄ってコーヒーをよばれ、朝っぱらから世間話をすることもある。
ところが会社に早出する用があって、普段より30分ほど早めに家を出ると、当然ながら出会う顔ぶれはいつもとは全く違ってくる。
若いサラリーマンは下り坂を駆けるように急いでゆく。我々を追い抜くときも声をかけることはない。またこのごろは、散歩をしている夫婦も多い。朝の通勤時間帯の散歩だから、もちろんご主人の方は現役を退いていると思われる。我々よりも一回りぐらい年長か、帽子をかぶり、トレーニングウェア姿である。たぶん脚を鍛えるための散歩であろう、二人して一生懸命に歩いている。そのため散歩中の夫婦間の会話はあまりないように見受けられるが、挨拶を交わすときはさすがにキチンとしている。ただ足早なので長い会話はない。
なんと言うこともない、知らない者同士の会話だが、成立すると楽しいものである。もちろんなかには、こちらから「おはようございます。」と声をかけても、黙って下を向いて通り過ぎる人もあるが…。今は若い人たちのみならず老若男女みんなケータイやらインターネットによる会話が盛んであるが、フェイスツーフェイスで肉声による会話は、相手の表情やしぐさも入って「情報量」も多く濃やかになり、やはりコミュニケーションの基本であると思う。
電気の「交流」は我々の生活に欠かせないものであるが、このようなささやかな「交流」も世の中を明るくする。これからも大切にしてゆきたい。
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