会員の寄稿(3)  
洛友会会報 217号


内からみた宇宙

間宮 馨(昭和四二年卒・ 東京支部副支部長)



 宇宙にあこがれて、前田・木村研を選び、宇宙開発行政をやりたくて1969年科学技術庁に入った。
 宮仕えは、文部科学審議官を最後に2003年7月迄34年余だったが、その間、宇宙には三度関与した。最初は、71年から79年迄の足かけ8年間である。前半は宇宙開発委員会の事務局として長期ビジョン作りに従事した。後半は、宇宙開発事業団の監督、700億円超の予算要求、宇宙政策大綱の策定に従事した。
 二度目は、84年からの一年間である。この時は、開発に3000億円が見込まれた国際宇宙ステーションの日本製実験モジュールの予備設計協定交渉をやらされた。
 三度目は、95年からの一年間、研究開発局担当の官房審議官時代である。この時は、日本のロケット(H-UA)で商業衛星の打上げが出来るよう法的枠組の整備に当たった。当時、米国の衛星を20数機受注することに成功したが、後日H-Uが二機打上げに失敗し、解約されたのは残念であった。とはいえ、現在の打上サービスの基礎を作ったのは確かである。
 これで宇宙とはお別れかと思っていたが、03年に退官した後、宇宙開発事業団のお世話になることになった。その年の10月、宇宙科学研究所、航空宇宙技術研究所と一緒になって独立行政法人「宇宙航空研究開発機構(JAXA)」が誕生し、その副理事長に任命された。
 JAXAが発足して、1700人の役職員が1700億円の予算で「よし頑張ろう」と奮い立った直後、環境観測衛星「みどりU」が打上げ後十ヶ月にして突然音信途絶、次いで情報収集衛星を搭載したH-UA 6号機が打上げ失敗、さらに追い打ちをかけるように火星に向かっていた「のぞみ」が火星の軌道に入れず宇宙の藻屑となった。このトリプルパンチに新生JAXAは、まるでタイタニック号のように就航早々奈落の底へ沈んでしまった。
 それからの一年間は、悪夢のようであった。三つのトラブルの一つ一つに対して、宇宙開発委員会、関係企業も巻き込んでの原因究明、再発防止対策、後続の衛星やロケットへの水平展開、宇宙技術全体の信頼性向上策の企画・実施、官庁・国会対応、責任問題等々想像を絶する毎日が続き、針の筵であった。その中にあって、これを「禍」とせず、「福」と成すべく、性格の異なる三つの組織が共有出来る新たな目標のと体制を構築しようと考えた。
 そこで、全組織を挙げて04年夏から05年3月末迄の8ヶ月の間に、20年後の目標、それを達成するシナリオとロードマップを盛った長期ビジョンを作成した。公表前には、松本現京大副学長(40年卒)を含む外部諮問委員会の厳しい御指摘も頂いた。長期ビジョンを公表して予算要求をしたためか、ピーク時の2300億円から7年連続減少を続けていた予算が増加に転じた。併行して、世界最高レベルの信頼性を確保するための体制作りの検討も行った。これについては、米、仏、独、日の宇宙機関のトップ経験者から成る委員会の助言を得た。その結果を受けて、システムズ・エンジニアリング部門を新設したが、そのトップには向井東京支部長(41年卒)になって頂いている。このためか、この2年半でH-UAロケットは6機連続で打上げに成功している。
 この勢いを借りて、アジア・太平洋の国々をリードして、これらの国々のためになる活動を展開している。とくに長期ビジョンで示した災害管理システムをこの地域の関係機関と協力して実現すべく、小澤執行役(46年卒)が中心となって、19ヶ国、8国際機関と合同プロジェクトチームを創設して推進している。今後、各国が持ちたがっている小型衛星についても支援していきたいと考えている。
 国際宇宙ステーションの建設作業も遅ればせながら着実に進んでいる。来年になると、我が国の実験棟「きぼう」もシャトルにより3回に分けて打ち上げられる。国際パートナーとの厳しい調整の結果、この3回の打上げに、土井、星出、若田がそれぞれ搭乗することになりホッとしている。
 国際宇宙ステーションも10年に完成予定であるが、その後に来るのは「月」であろう。04年にブッシュ米大統領が発表した「火星に行くためにまず月で準備活動を行う」の声明がトリガーとなり、NASAが動き始め、世界を巻き込んだうねりとなってきている。アポロ以降の空白を埋めるべく、JAXAは早くから月を徹底的に観測する大型探査機を月の周回軌道に送り込むSELENE計画を進めてきており、この夏に中、米、印に先駆けてH-UAで打ち上げる予定である。
 私の夢は、この十年位は、災害管理や環境監視等のシステムを整備して社会の役に立つ宇宙をやりながら、有人活動のための準備をして、十年後からは国の判断を仰ぎつつ、月面での有人活動を展開していくと言う長期ビジョンの世界を実現することである。
 宇宙は、未知のフロンティア開拓を目指す極限への挑戦であり、一国の総合的な科学技術力を示す鏡である。米ソに比して極めて短期間に最小限の資金、人材、打上げ数で世界の最先端に躍り出たことを誇らしく思っている。ただ、宇宙はそのシステムの巨大さ故に理解され難く、活用され難い。そこで、より多くの国民の方に理解してもらうべく、昨年から役員が全国各地に出向いて意見交換を行うタウンミーティングを始めた。筑波宇宙センター等の施設も一般公開しており、2月には東京支部の方々43名にも見て頂いた。また、より一層宇宙を活用してもらうために「宇宙オープンラボ」等を通じて宇宙の敷居を低くする努力をしている。具体的には、宇宙技術のスピンオフと一般技術の宇宙へのスピンインを進めている。ロケット表面に塗布する断熱材が地上の建築物に使われたり、汚水を一瞬で飲料水に変える装置が地方自治体の災害本部に導入されたり、新しいイノベーションを生み出している。今後一層努力を重ねて皆さまから愛される宇宙にしていきたいと考えている。洛友会の皆様のご支援をお願いしたい。

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