会員寄稿(4)
洛友会会報 220号


大学の電気工学系が抱える問題

岩噌 弘三(昭28年旧卒)

 2007年7月17日のファイナンシアル・タイムズ(FT)紙に、韓国の大学希望者に関する興味深い記事が掲載されていました。その要旨は次の通りです。
 「有名大学の理工系よりも、有名でない医科系の大学を選ぶ。理工学系がこの5年間に27%も減少した。科学技術省は、2014年までに4500人の理工系の博士が不足すると推定しているなどと言っている」
 私の高校の同じクラスの約40名から、医学部に進学したのは14名で工学部は16名でした。京大の医学部の定員は、55年前も今も100名、電気情報関係は、60名が220名に膨れ上がっているようです。世の中の物価は、需給関係で決まることは、給与にも当てはまるでしょう。同期の医者たちは、まだ何らかの仕事をしていて、私が毎月世話をしている同窓会に誘っても出てきません。その内の一人は、西洋医学と東洋医学を合体させる仕事を2006年から始め、「統合医学元年」と称して、アジア(特に薬草が豊富なネパール)やオーストラリアを飛び歩いています。
 日本では定年制を当然のものとしていますが、そもそも、その発想は、1889年にドイツのビスマルクにより、続いて1908年に英国のロイド・ジョージによって考えられ、年金を与えて過酷な労働から解放するとの趣旨であったと言われ、いまの日本の定年と全く逆の発想です。最近、英国では「年齢差別禁止法」が審議され、年齢や肌の色による差別が無い社会が、真に文明化した社会であるとしています。またビジネスウイーク誌に、いくつかのアンケート欄が掲載されていて、そこにマル・バツを付けていって、その数に応じて「あなたは、そろそろ仕事からの引退を考えた方がよい」などと自己判断させる記事があります。
 昔は、医学部へ行くか工学部に進むかは、全く同じ条件で優劣無く選択し、その結果は上記の通りで、私も最後まで迷いました。数年前の洛友会東京支部のバス旅行会で自己紹介が行われました。昭和23年卒の人々は就職したとたんに、「あそこで工場を作ってこい」とか「あそこに発電所を作ってこい」と命令されたと口々に発表されたのに驚きました。戦後の人材不足と復旧のために、これほどの大事業を任されれば、奮起して大いに頑張ります。私が昭和30年にNTTに入社したときも、社員16万人に対して技術系約30名の採用のため、最初からNTTを支えるとの気持ちでした。いまのように技術系が無数といえるほどに採用されれば、仕事に対する覚悟も熱意も違ってきます。電話網で中心的技術であった電話交換機も大きく分類して3世代があり、初期のダイアルするごとに1段づつ進むステップ・バイ・ステップ交換機の次は、ダイアルした情報をリレー回路で蓄積し、別のリレー回路で判断するクロスバ交換機、最後はクロスバ交換機のリレー部分をソフトウエアに置き換えた電子交換機です。国内用のステップ・バイ・ステップ交換機のある機種は、逓信省のただ一人の技師により発明されたりしました。私が昭和35年頃にクロスバ式市外電話交換機の開発に従事したときは、NTT側は僅か5名に過ぎず、対応するメーカ側は背後にいる人は別として表面に出てきた人数は1対1に対応の5名に過ぎませんでした。その後、NECに移ったときの電子交換機用のソフトウエア開発要員は1000名にも達していました。個々の技術者のやり甲斐が急速に低下しています。
 先進国の電気関連分野で活動するに値するのは、途上国でまだ生産できない分野か、国内が外国から隔離された分野だと思います。電気通信機器にしても、昔は先進国のみが生産していたので、メーカ間の競争はあったにしても先進国価格で、途上国へも売ることができました。一方、完全に均一化してしまった日本とは違い、大都市から農漁村までの多様な条件を備えた中国は、合弁により先進国の技術を取り入れ改良を加えて、各種の条件に適応する機器を安価に製造して、昔の日本に代わって周辺国へも大規模に輸出しています。テレビなどの家電製品も、日本が韓国や途上国との激しい競争を続けるとすれば、日本人の給与もそれらの国の人々のそれに引っ張られて、大きく伸びることは困難でしょう。かっては日本でも広く採用されていた通信機器を製造していたシーメンス社では、いまは通信機器製造部門の売却に熱心で、まだ先進国価格で販売のできる医療機器、鉄道車両、原子力発電にシフトを続けています。世界最大の通信機器メーカのエリクソンですら常に苦闘し、大西洋を隔ててのルーセントイとアルカテルの合併も、大きく人員整理をしても赤字のままです。米国は、家電製造部門が消滅し、欧州でもやっとフイリップが生き残っているに過ぎませんが、医療機器へシフトしようとしています。HPやデルはパソコンで大きな市場を占めていますが、製造は台湾や中国に依頼してしまっています。航空機や自動車のように先進国価格で勝負ができる分野は、いまは有利な立場にいますが、中国がチベットのような空気の薄い空港でも困難なく離着陸できる航空機の開発に着手したり、自動車の輸出を始めようとしていますから、いずれ通信機器や家電と同じ方向を辿ることになるでしょう。先進国の電気機器メーカは常に、途上国と同じ分野での競争から卒業し、途上国の先を目指した製品開発に集中すべきで、その方向を失うと従業員の待遇の改善も困難でしょう。
 さらに問題なのは、ソフトウエアです。人海戦術に相当し、横並びでのあまり達成感のない仕事が大部分です。欧州で最大の技術者協会(IET)の調査によると、14-15歳の若者に将来何に成りたいかと尋ねたところ、情報技術は10位以内に入らず、ホテル・マネージャの次にきた。2004年に米国は、約14万人に、技術、コンピュータ科学及び情報技術の学士号を与えたが、インドでも約14万人、中国では約36万人に達している。しかし、EU全体では、僅か2%、英国ですら8%しか、これらの国へアウトソースしていないと報じています。日本の高級カメラは国内で、一般クラスのカメラはアジア各国で製造するように、電気系の優秀な卒業者には、平凡なソフトウエアを作らせないようにする努力が産業界に必要でしょう。
 一方、電力事業、鉄道事業、通信事業などは、途上国からの競争から絶縁されているので先進国価格を維持でき、大学卒の処遇も比較的恵まれると思います。これは、日本の医療費が外国の医療費と無関係に設定できることと同じでしょう。
 医師免許を取得したとたんに診療報酬は老練な医師と同じ額を得られるのに対比して、優秀な工学系の卒業者には差別を付けさす社会にすべきでしょう。工学系の学生も多く進むビジネス・スクール卒業者の5年後の平均年所得の比較表を新聞が大きく報道し、1000万円を遥に超えるスクールが多数あることや、NHKの語学講座で説明されるようにフランスの製造会社のトップは技術者であり、そこで総務的仕事を担当して社内運営をするのが業務系であるのも示唆を与えてくれます。また、私が20年ほど前に勤務した大手メーカの系列会社は、電気系の大学卒を70名あまり採用し、社内教育後の試験では、10点から95点と大変な格差がありました。このような状況にも関わらず、新規採用者をある期間は給与や処遇で差別を付けないのは、優秀な人の能力を活用せず意欲を阻害していると思います。一つの集団にすることにより、優秀な人でも平均値に持って行かれてしまいます。
 2004年には、中国の上海交通大学が人海戦術で多くのデータを集めて、世界500大学を選定しました。日本では100位以内に北海道と九州を除く旧帝大が入り、その他の大部分は400位以下ですが、全体で33校が含まれました。これにより、EUでは大学のあり方が大きく論議されました。英国では「1960年代の平等主義を、新しいエリート主義のために放棄すべき」などと論議されました。吉田茂氏が駐英大使時代に日本から送られてくる新聞は読まなかったが、ザ・タイムズは毎日読んでいたと言う新聞が、毎年、世界の大学200校のランク付けをしています。最近の比較では、日本からは11校が含まれています。東大が17位で京大は25位で、100位以内に阪大と東工大が入っていますが、注目すべきは、香港大学、シンガポール国立大学、北京大学、香港中文大学、清華大学、ソウル国立大学、香港科技大学、南洋工科大学(シンガポール)の8大学が含まれます。さらに200位までには、日本から7大学に対して、中国、韓国、台湾、東南アジアから6大学が入ります。ウエッブで調査した結果、これ以降の400大学までには、日本の12大学に対して、前記のアジア地域からは19大学が入ります。その中には、マレーシアの4大学、タイとインドネシアの各2大学、フイリッピンの1大学が含まれます。
 これは日本の700余りの大学の大部分が、マレーシアやタイなどの一流大学よりも劣ることを意味します。なお、中国人にとっては英語で授業が受けられる安価な留学先の香港以外に、他のアジア人も多く留学すると言われるオーストラリアは100位内に8大学が入り、日本の4大学を超えます。ここ10年ほどの米国のIEEE論文に大きな変化が発生しています。日本は相変わらず稀に現れるに過ぎないのに対し、アジアの途上国やイランの大学からの発表が急に目立つようになったのと符合します。
 極めて多くの大学が国際的に評価されない日本で、大学卒というのみで、平等に扱う社会を改めて、優秀な能力ある人には、会社に就職すると共に、大きな働き甲斐のある仕事を与えるように改めれば、企業も若い人の創意と活力を生かして国際競争にも勝ち続けることが可能になるでしょう。60万人が留学中で、そのうち20万人が米国と言われる中国人の論文には、衛星間光通信やフェムト秒デバイスなどの高度の内容も多く含まれています。
 最近、欧州では必ずしも評価が高くなかったスペインが非常な活況を呈し、英国の移動通信会社まで買収をするなどになったのは、米国留学組が社会の重要な地位に就ける年代になったからだと言われ、中南米についても同じことが言えるとのことです。
 (若い方々へ:読売新聞が1000万部、朝日が800万部、日経が200万部台と部数の多いのを自慢にしていますが、英国に本社のあるFT紙は、日本を含む世界21カ国で同時印刷していますが、総発行部数は50万を切るとのことです。夜の早い時間帯のTVが示すように、購読者が多ければ、その底辺の人のレベルに合わせ低俗でローカル的になり、日本地方紙になります。逆に部数が少なければ、内容が高まります。FTは全ページに世界事情を平等に取り扱い、英国を特別扱いしません。例えば、アフリカに関心があれば、毎日何らかのアフリカに関する記事が見つかります。世界のインテリは、このような情報源をもとに競争しています。頑張って下さい。このエッセーもFTの記事に多くを頼っています。)





  ページ上部に戻る
220号目次に戻る



洛友会ホームページ